京都鉄道博物館へ行きました6、蒸気機関車館編

 皆さん、こんばんは、9日の北大阪は、成人の日の雨が明け方に止んで曇天から薄日の天気になりましたが、気温は11℃程度までしか上がりませんでした。寒い日が続いています、体調管理に注意され、風邪など召されないようなさってください。


 今日は京都鉄道博物館へ行きました6です。開業以来1年半を経ていますので、行かれた方が多いと思います。参考程度に、ご覧いただければ、幸いです。

 

 訪問日のSlスチーム号は、C61-2が牽引機になっていました。展望客車オハテ321-1とオハテフ310-1の2両を従えて梅小路公園まで、数百メートルですが、往復します。



 バックで出発です。荷は軽いのですが、ドレインを切るので、大量の蒸気が出ます。展望客車の座席には、かつての特急つばめ、はと、さくら、富士、かもめ、はくと、日本海などのHMが木製椅子にデザインされています。



 ホームを離れ、山陰線の高架下をくぐります。前進は、惰行で来るので、蒸気はほぼ出ません。



  D51-200のキャブ、扇形庫内でテンダーと切り離され点検整備中でした。



 切り離されたD51-200のテンダー部分、回送のまま、段ボール紙がプレートに貼られていました。



 C57-1は、隣接地内にある整備工場で、テンダーと切り離し、車輪も抜き取られ、点検整備中でした。
 やまぐち号での使用を終えると、かなり点検整備が必要なのですね!




 扇形庫内のC55-1と菊の御紋章が取り付けられたC58-1、



  C62-1です。日本の旅客用機関車では、最大の機関車です。



 一番端に義経号が置かれていました。小樽市総合博物館には、同型のしずか号が展示されています。
大阪市鶴見区で1990年に開催された花の博覧会では、会場内で実際に義経号による園内列車の運転が、毎日行われました。登場時は、北海道の幌内鉄道で1880年11月に、手宮・札幌間の営業を始めています。



 D50-140、大正時代末期から製造され、D51などに続く貨物機の標準仕様となっています。



 屋外へ置かれていた8620型8630号機、この釜もSLスチーム号を牽引しています。



 戦時設計の入換え機B20-10とオハフ50客車、B20は飽和式蒸気機関車で、日本では、数少ないSLです。



 冬季で仕事が無い嵯峨野トロッコ列車牽引用DE10-1156です。




 留置線には、かつてトワイライトEXで使用された、電源車カニ24-12とサロンカーオハ25-551?が居ました。何れ車両交換で、展示されるのかも知れません。



 京都鉄道博物館については、多くの案内書物も出され、見どころなどが解説されていますので、次回に置く内展示物の紹介をして、一旦終了したいと思っています。引き続き、拙ブログを、ご覧いただければ、幸いです。 



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コメント

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No title

こんにちは
蒸気機関車がきれいに整備されていてうれしいですね。

No title

デコニちゃんさん、こんばんは、トレインマニアです。

京都鉄道博物館をご覧いただき有り難うございます。写真は、沢山撮っていますが、どれを選択するか大変難しいところです。

SL現役時代は、山陰線のコンテナ貨物にC57が昭和48年まで従事していました。かつて、キハ58系DC急行だいせんが、間合いで朝の通勤列車に山陰線京都口で使用されていました。普通運用後は、C57に引かれ向日町迄回送され、車内整備のうえ、急行運用についていました。この列車も、京都発、赤穂線、伯備線経由の出雲市・大社行だったと思います。

懐かしい想いが、尽きませんね!機会が有れば、グランドでお会いできればと思います。今後とも宜しくお願いいたします。