叡電ひえい、嵐電レトロ電車などを撮る

 皆さん、こんばんは、4月16日(月)の北大阪は、晴れ時々曇りの比較的良い天気で、気温は19℃まで上がり、これまでよりやや低く過ごし易い気候です。真夏のように、蒸し暑くないので、助かります。



  16日(月)のJR吹田工場は、先週末と変わらず、3カ所に分散して留置の201系8両と、建屋横の東海道線からの見える位置に117系8連T-1編成が置かれていました。新快速が早すぎて車番確認は大変でした。切り抜き文字が1両とペイント車が1両で、他は番号は、暗くて読めませんでした。201系に隠れた683系5両はそのままでした。いつも出発準備中の鮫+空コキは、朝が早く7時過ぎには、出発線に来ていませんでした。

 阪急正雀工場は、外板修理場所の番号不明1台と6614、6570が先週末と同様に置かれていました。夕刻の帰宅時には、番号不明の外板パテ車は、どこかへ移動して居ませんでした。この車両はクーラーも外してあり、全くく形式番号につながるものは、有りませんでした。



 今日は、遅まきながら叡山電車にひえいが3月に登場しましたので、3月末に撮りに出かけました。併せて鞍馬線キララなどもUPします。また嵐電(京福電鉄)も撮りましたので、一緒にUPします。両社は、元々京福電鉄でしたが、福井県で、2000年12月と2001年6月に、正面衝突事故を2度起し、1年半余の運休の後、第三セクター方式で運営される越前鉄道に2003年2月に組織ごと代り営業を始めました。
 京都に残された京福電鉄は、八瀬線鞍馬線が京阪電車の出町柳延伸によって、筆頭株主が阪神電車から京阪電鉄になり、現在もそのままです。徐々に経営範囲が小さくなった京福電鉄(嵐電)は、最終的に京阪電車が親会社になりました。

 叡山電車ひえい732号車、茶山・一条寺間、車両改造は川崎重工で施工されたようです、



 同上、後追い、水中眼鏡の枠のような楕円を基調にした奇抜なデザインです。乗車はしていませんので、車内の様子は不明です。車内の窓や乗降ドア窓も楕円形になっています。現在も、長野県の上田電鉄では、丸窓電車が運行されています。
 


 722号車、出町柳発八瀬比叡山口行、茶山・一乗寺間、



 852外2連、出町柳発鞍馬行、



 711号車、八瀬比叡山口発出町柳行、ひえいHM付、一乗寺・茶山間、



 815外2連、鞍馬発出町柳行、ギャラリーとレインこもれびラッピング車、



 902外2連、鞍馬行、きらら編成、車内は景色が良く見えるように、窓向き座席になっています。




 嵐電です、

 レトロ27号車+103号車、この運転士は、屋根上と運転席上の2カ所の前照灯を点灯しています。西大路三条、



 同上、後追い、春秋の観光シーズンは、2両編成の運行になります。料金収受の為、運転士の他、後部車には車掌が乗務しています。



 301+101、嵐山発四条大宮行、旧塗装と京紫の新塗装車です、



 同上、後追い、



 レトロ26+624(ボデイ更新車)四条大宮発嵐山行、この列車は屋根上の前照灯のみ点灯でした。



 同上、後追い、旧型車のボデイ更新車です、したがって、吊り掛け駆動です。



 613+633、嵐山発四条大宮行、



 同上、後追い、おたべ夕子のラッピング広告車、


 筆者は、特におたべの製造元から、宣伝を頼まれているのではありません。しかし、そこそこの年令の者には、日本茶と併せていただくのは、気持が落ちつきます。

 京都という観光都市でありますが、山陰線の複線電化と駅の増設の影響を受けて、嵐電は営業距離も短く、経営は大変でしょう。嵐山が時代により若い女性に人気が有ったり、タレントショップも多くあって、遠方からの観光客も、一度は路面電車に乗ることも、コースに入れている人が多いと思います。

 比叡山も終点からケーブルとリフトを乗り継いで上がるのと、路線バスで比叡山ドライブウエーから上るのと、京阪電車石坂線の比叡山坂本駅から、坂本ケーブルで上る方法が有ります。比叡山ドライブウエー利用の自家用車も有ります。

 撮影日の嵐電は、江ノ電色車や、パトトレイン、2000系の最新型車は、通過しませんでした。春休み中の土曜休日は、昼間の時間帯は全て2両編成になるので、かなりの車両が運行されているのですが!
 



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